日々仕事に励む皆様。
ふと、「今のままでいいのだろうか」「仕事に行き詰まった」と感じる瞬間はありませんか?
美しい海に囲まれたこの場所、天草には数え切れないほどの物語と、困難を乗り越えてきた先人たちの知恵があります。
今回は、天草の地で50年。
まさに半世紀にわたり太陽グループで走り続けてきた、田口さん(70歳)へのインタビューをお届けします 。
20歳で入社し、昭和・平成・令和という激動の時代を駆け抜けたレジェンド 。
その言葉には、現代の私たちが忘れてしまった「働くことの本質」が詰まっていました。
Contents
20歳で飛び込んだ「太陽グループ」での半世紀
野球少年が、天草の物流を支える若武者へ
1956年生まれ 。今年70歳を迎える田口さんは、生粋の天草人です。
子供の頃は明るくて面白い性格で、体を動かすことが大好き。
中学時代は野球に打ち込み、大人になってからもソフトボールのクラブチームに参加するなど、常に「全力で動くこと」が身に付いていました。
田口さんは現在、太陽グループの事業所である太陽パーツに勤務しています。
主な仕事は、自動車部品の営業と配達。
膨大なデータの中から部品を発注し、ハンドルを握って天草中のガソリンスタンドや整備工場などを回って部品を届ける仕事をしています。
太陽電気(現・太陽グループ)に入社したのは、20歳の時です。

「オヤジがね、当時の職業安定所の人と知り合いで、面接に行けと言われて。自分からここに入りたいっていうより、親父が仕事をさせようと思ったんでしょうね(笑)」と笑顔で話していました。
そんなきっかけで始まったキャリアですが、その献身性は凄まじいものでした。
入社当時は、とにかく仕事を覚えることに必死。自分がいつ休めばいいのかさえ分からず、文字通り無我夢中で現場に飛び込みました 。
毎日、本渡から牛深まで。天草を駆け巡る日々
最初の業務は、今と同じ自動車部品の配達でした。
先輩社員とともに天草中を駆け巡ったそうです。特に、ガソリンスタンドへの配達は重要な業務で、本渡から牛深まで毎日欠かさず足を運んでいました。
当時の天草は現在のような便利なツールはありません。
その中で配達という責任を背負い、田口さんは一歩ずつ、地域からの信頼を勝ち取っていきました。
「無理があっても、無茶ではない」困難を乗り越えるための思考法
100%を出し切る勇気
仕事で行き詰まっているあなたに、田口さんが今も大切にしている言葉を贈ります。
それは、かつての上司や先輩からかけられた言葉です。

「無理があっても、無茶ではない」
この言葉を、田口さんはこう解釈しています。
「無理よりも無茶の方が上。100が無理だとしたら、100以上が無茶。つまり、自分の力を100%出し切るまでは、それはただの『無理』であって、決して『無茶』なことではない。一生懸命やり切るまでは。」
今の時代、効率やワークライフバランスが重視されます。
もちろんそれは大切ですが、一方で「自分の限界まで挑んでみる」という経験が、真の自信を生むことも事実です。
「もう無理だ」と思った時、それは本当に自分の100%を出し切った結果なのか。
田口さんの教えは、私たちの甘えを優しく、しかし鋭く指摘してくれます。
歴代社長の背中から学んだ「威厳」と「変革」
50年の間、田口さんは多くのリーダーを見てきました。特に初代社長の厳しさは今でも忘れられないと言います。
「一言でバシッと言い切る。その威厳は凄まじかった」
時代が変わり、社長が交代するたびに、経営方針やシステムも変わっていきました。
しかし、田口さんはそれを批判するのではなく、「時代の流れに沿って進化するものだ」と柔軟に受け入れ、それぞれのリーダーに従い支え続けてきました。
アナログからDXへ。進化し続ける現場で感じた「便利さ」の本質
分厚いカタログから「車台番号」一発検索へ
かつての部品検索は、気の遠くなるような作業でした。
車種ごとに用意された分厚い紙のカタログをめくり、一つの部品、一つのボルトを探し出す必要があったのです。

「カップキットはこれ、ファンベルトはこれ……全部頭に叩き込んでいました。カタログを見なくても番号が分かるくらいにね」
それが今では、パソコンに車台番号を入力するだけで、すべての情報が画面に表示されます 。
30年ほど前から徐々に導入されたデジタル化の波。
一時期、配達の現場を離れてスーパーに配属されていた田口さんは、戻ってきた時のあまりの進化に「浦島太郎状態」になったと言います。
技術に溺れず、技術を使いこなす
しかし、田口さんの凄さはここからです。
新しいシステムを「難しい」と避けるのではなく、「これは楽だ、便利だ」と自ら勉強し、すぐに使いこなせるようになりました。
「昔は電票を手書きして、計算機を叩いて……。今はボタン一つで請求書が出る。本当にすごい時代です」
デジタル化によって浮いた時間を、田口さんは「より質の高い仕事」のために充てるようになりました。
顧客との絆をどう作るか?レジェンドが教える「信頼」の正体

正確さとスピード、そして「予測」
田口さんが絶大な信頼を置く社員がいます。
なぜ彼が顧客から支持されるのか。田口さんはその理由を「正確な部品を、早く持っていくこと」という基本の徹底にあると分析します。
さらに重要なのが「連絡の細かさ」です。
「『明日行きます』ではなく、『明日の昼頃に届けます』と言う。この一言があるだけで、お客さんは作業の段取りが組める。相手の時間を大切にする姿勢が、信頼に繋がるんです」
挨拶こそが最強のツール
もう一つ、田口さんが強調するのは「挨拶」です。しかも、単なる挨拶ではありません。
「自分から先に声をかける。相手から言われて返すのは当たり前。そして、相手の背中に向かって『ありがとうございました』と言う。お客様が帰られる時、その後ろ姿を見送って感謝を伝える。誰が見ていなくても、そういう丁寧さが次を呼ぶんです」
まずは挨拶の声の大きさを変えてみる。それだけで、周囲の反応が変わり、仕事の楽しさが芽生えるかもしれません。
天草で生きる。苦労の先にある「幸せ」を掴むために

モチベーションは「楽しさ」の中にある
50年、なぜ続けられたのか。
その問いに、田口さんはシンプルに答えます。
「楽しくないと、続かないよ」
もちろん、楽しいことばかりではありませんでした。
会議で厳しいことを言われたり、挫折を感じたりしたこともあります。
しかし、それを乗り越えた先に、お客様や上司からの温かい一言や、仲間との繋がりという「幸せ」があったのです。
かつて、年末の休みの前に上司から「ゆっくり休んでくれ」と言われたとき、田口さんは思わず涙が出るほど嬉しかったと振り返ります。
会社のため、そして自分のために
「会社があるから、自分がある。会社のために頑張ろうと思う気持ちが、結局は自分の生活や家族を守ることに繋がる」
自分のためだけに働く人も多いかもしれません。
しかし、田口さんのように「組織の一員として貢献する」という視点を持つことで、視界が開けることもあります。
これからの挑戦
70歳になった今も、田口さんは前を向いています。
「毎日を楽しく生きることが一番。
いつか旅行なんかに行ってみたいね(笑)自分の目で、世界を見てみたい。」
そんなチャーミングな夢を語る田口さんの目は、20歳で太陽グループに飛び込んだ時と同じ輝きを放っているに違いありません。
天草の次世代を担うあなたへ

田口さんの物語は、単なる成功談ではありません。人間味あふれる「天草の歩み」そのものです。
仕事に行き詰まったら、思い出してください。
- 「無理があっても、無茶ではない」。まずは100%を出し切ってみること。
- 「挨拶は自分から、後ろ姿にも」。小さな礼儀が、大きな信頼を作る。
- 「変化を楽しむ」。新しい道具や仕組みは、あなたを助けるためにある。
天草という素晴らしい土地で、あなただけの「50年」を刻んでいってください。
先人たちはいつだって、あなたの挑戦を応援しています。
