「焼酎ではなく、島を売る」 天草酒造・平下社長が語る30年後の未来像

「焼酎ではなく、島を売る」天草酒造・平下社長が語る30年後の未来像

「天草には仕事がない」「若い人はみんな出ていってしまう」 そんな言葉を、私たちは何度耳にしてきたでしょうか。

日々の買い物、子どもの送り迎え、仕事帰りの一杯。当たり前のように過ぎていく天草での生活。その背景で、実は今、これまでにないほど熱い「変化」が起きていることをご存知ですか?

今回はこの島で挑戦を続けるリーダーの「心の奥底にある本音」を紐解きます。キラキラした成功体験だけではない、温かくて、そして最高にかっこいい大人の姿。それを知ったとき、あなたの見慣れた天草の景色が、昨日よりも少しだけ特別なものに見えてくるはずです。

天草で働くということ

天草の自然

今の時代、私たちが求めているのは単なる「条件」としての仕事探しだけではありません。その場所で働く「人の想い」に触れ、共感し、自分たちの暮らしに誇りを持つことではないでしょうか。

天草の豊かな海、美味しい食材、穏やかな気候。これらは住んでいる私たちにとって、あまりに当たり前すぎる日常の一部です。でも、その「当たり前」を守り、次の世代に繋ぐために、誰がどんなリスクを背負い、どんな未来を描いているのか。それを知る機会は、意外と少ないものです。

今、ウェブやSNSを通じて発信されるインタビューは、そんな「作り手の熱量」を私たちの日常に届ける大切なバトンになっています。インタビューを読むことは、天草という土地の「深み」を知る旅でもあるのです。

天草酒造・平下社長が描く「30年後の島の設計図」

天草酒造・平下社長

「池の露」などの銘酒を醸す天草酒造。代表の平下豊さんは、単なる焼酎造りの枠を超え、天草という島全体の未来をプロデュースしようとしている一人です。

「焼酎を売るんじゃない、天草という『島』を売るんだ」

平下さんの言葉には、地域への深い愛と、経営者としての冷徹なまでの覚悟が滲みます。

「東京に売りに行った時、『天草ってどこですか?』から説明を始めるのと、『あ、あの天草の酒ですか!』と言われるのとでは、スタートラインが全く違います。だからこそ、焼酎を売る前に、まずは天草という島そのものの価値を高めたい。地元が盛り上がっていないところに、30年後、50年後の未来なんて描けませんから」

この視点は、地元で働く私たちに大切なヒントをくれます。事務職でも、販売職でも、公務員でも、自分の仕事が「天草全体のブランド」にどう繋がっているか。日々の暮らしそのものが、実は天草の価値を作っているのです。

「面白そうやけん、帰ってきたい」と思わせる土壌づくり

次世代を担う若者たちに対して、平下さんは「継がせる」という言葉を安易に使いません。彼自身、息子さんを持つ父親としての顔も持っています。

「息子たちが将来、うちの蔵を『継がないかん(義務)』と思って戻るのか、『なんかおもろそうやけん、ここで勝負してみたい(意欲)』と思って戻るのか。そこには天と地ほどの差があります。彼らが好きなようにアイデアを出して、失敗を恐れずに動けるような、『耕された畑』を作っておくのが僕ら世代の最大の仕事です」

無理に型にはめるのではなく、若者が自発的に「おもしろい」と感じられる環境を大人が本気で作る。この「土壌づくり」という考え方は、子育て世代や、これから進路を考える若い世代にとって、何よりの希望になるはずです。

「イベント」はきっかけであり、目的は「地域の熱量」を上げること

天草酒造のイベント風景

天草酒造が開催する「収穫祭」や「新和deKANPAI」といったイベント。これらは今や天草の風物詩になりつつありますが、その裏側には平下さんの徹底した美学があります。

10年続けることで「景色」が変わる

「1年、2年で注目を集めるのは、SNSを使えばそう難しくはありません。でも、田舎で物事を『文化』として定着させるには、本気で10年続ける覚悟が必要です。最初は反対されたり、冷ややかな目で見られたりすることもあるでしょう。でも、10年続ければ、それは地域の『日常の行事』になります。告知をしなくても、『そろそろ、あの時期だね』と人が集まり出す。その景色を積み上げていきたいんです」

この粘り強さは、見慣れた景色の中にある「当たり前」を磨き続ける、職人ならではの姿勢です。

飲みながら出るアイデアが、一番「本物」に近い

天草酒造の平下社長インタビュー

驚くべきことに、天草酒造の魅力的な企画の多くは、社員さんたちとの「飲みニケーション」から生まれるそうです。

「会議室で『さあ、案を出せ』と言われて出るアイデアは、どこか理屈っぽいものになりがちです。でも、美味しい酒を飲みながら、『こんなことできたら最高じゃないですか?』と笑いながら出た言葉には、その人の本音とワクワクが乗っている。社長の命令でやらされている仕事は、不思議とお客さんにも伝わってしまうものです。スタッフが自発的に楽しんでいるからこそ、あの心地よい空気感が作れるんです」

形式的な会議よりも、リアルな楽しさを大切にする。そんなチームの在り方が、天草酒造の唯一無二のブランドを支えています。

地域の課題「担い手不足」へのクリエイティブな挑戦

天草が直面している「人手不足」や「高齢化」。平下さんはこれを単なるピンチとして嘆くのではなく、新しい「仕組み」で乗り越えようとしています。

離島・湯島の芋作りを守る「関係人口」の形

例えば、離島・湯島での芋作り。平均年齢が80歳を超え、作付け面積が減っていく中で、平下さんは「外部の力を借りる新しい農業」を模索しています。

「島の人たちだけで全部やるのは、もう限界が見えています。でも、年に数回、島外から若い人たちが集まって、合宿のように草取りや収穫を一気に手伝う。彼らにとっては特別な体験になり、島にとっては貴重な戦力になる。そうやって『関係人口』を巻き込みながら、みんなで地域を守っていく仕組みを作りたいんです」

「自分一人の力では何もできない。でも、賛同してくれる仲間は10年前より確実に増えている」と語る平下さんの瞳は、現実を見据えながらも、未来への期待に満ちています。

天草は、もっと面白くなる

天草酒造の池の露

天草で出会うストーリーの数々は、とても面白いものばかり。 「ここで生きていくのは、そんなに悪くないよ。むしろ、これからが一番おもしろいんだよ」 そんな声が、インタビューから聞こえてくるはずです。

「焼酎って楽しいな。天草っていいな。と思ってもらえればそれが一番です」

そう語る平下社長のように、自分の仕事や暮らしに誇りを持つ人が一人、また一人と増えていけば、天草の未来は確実に変わります。

普段何気なく過ごす天草でのなんとも言えない安心感。 私たちが愛するこの景色を、30年後も、50年後も残していくために。

「天草に住んでいて、本当によかった」 いつか誰もがそう胸を張って言える未来のために、私たちはこれからも、この島で輝く「人」の声をお届けしていきます。

インタビューで見えた「天草の未来」を支える3つの核心

今回のインタビューを通じて、平下社長が描く天草の未来には、単なるビジネスを超えた「持続可能な仕組み」があることが分かりました。

「島を売る」ことが、最高の一杯に繋がる

平下社長の戦略は、焼酎という「商品」の前に、天草という「島そのもの」をブランド化することにあります。

「天草ってあの天草?」と全国で認知されることが、結果として自社の酒の価値を押し上げる。目先の利益ではなく、30年、50年後もこの地が「光り輝く商売ができる場所」であるために、まずは地域全体という大きな畑を耕し続けています。

「教える」のではなく「おもしろがる背中」を見せる

次世代へのバトンタッチにおいて、最も大切にしているのは「義務感」の排除です。

「継がせる」のではなく、大人が本気で楽しそうに働く姿を見せること。それこそが、若者に「自分もここでやってみたい」という自発的なワクワクを芽生えさせます。

大人が土壌さえ整えておけば、若者はそれぞれの感性で新しい種をまき、自分たちの花を咲かせていく。この信頼こそが、育成の哲学です。

10年かけて「日常」という文化を育てる

イベントや地域課題への取り組みにおいて、平下社長が重視するのは「時間軸」です。

一過性の流行(バズ)ではなく、10年継続することで初めて、それは地域の当たり前の「行事」や「文化」へと変わります。

  • チーム作り: 酒を酌み交わす中から出る「やりたい」という本音を形にする。
  • 地域の課題: 湯島の芋作りなど、地元だけでは限界がある問題に対し、外部の力を借りる「シェア農業」のような柔軟な仕組みを構想する。

こうした「自発性」と「外部との繋がり」を大切にする姿勢が、独りよがりではない、みんなで前へ進むための大きな原動力となっています。

この記事を通じて、天草で働くことの「深み」と、未来を耕そうとする大人たちの情熱が、少しでも皆さんの日常の活力になれば幸いです。

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